前回までの話
商社マンとの飲み会に参加した私と友人のサヨ。飲み会では“伝統のコール”連発で地獄だったけど、一周回って楽しくなってきたので3次会のカラオケに参加することに…! (前編の詳しいお話はこちら)
お店から歩いて5分。
カラオケ店について通された部屋はミラーボールが回る大部屋。
先回りしていた幹事(a.k.a 段取りの鬼)が既にお酒を注文していたので、
全員が揃った頃には乾杯の準備が整った。
「カンパーイ!!!」
こうして波乱のカラオケがスタート。
履歴を見ると、すでに5曲先まで入っている。
どんな恐ろしい選曲が…と思ったら、
1曲目は、サカナクションの「新宝島」
普通やがな。
思ってたより普通やがな。
小気味好いリズムで前奏が始まった。
1番手で歌うはもちろん…幹事!
「えー、今日はみなさん、ありがとうございます!
栄転される岡野先輩に捧げて歌います、聴いてください…新宝島!」
NHKのど自慢大会の司会者のように前奏の間を程よいトークで埋める。
こいつ、できる…!
段取りも盛り上げも100点でこなし、先輩からのイジりにも笑顔でノリよく返す。
段取りでも鬼、愛嬌でも鬼。
大谷翔平の打っても投げても、に匹敵する万能さだ。
楽しく歌うと思いきや、そうはいかないのが商社マン。
やっぱり伝統のコール・カラオケ版が存在していた。
♪次と〜 その次と〜 その次はまだ飲まなくていい
商社勤めの大谷翔平が、次と〜のタイミングで人を指しながら、
「飲まなくていい〜」でナイナイのジェスチャー。
笑いが起きる。
♪次と〜 その次と〜 その次もまだ飲まなくていい (サビ) このままお酒飲み干してよ 飲んで飲んで飲んで!!!
この時指された人は、持っていたビールをイッキ飲み。
フー!!!と盛り上がる。
何がおもろいねん。
期待していた通りだ、全く面白くない。
2曲目は大塚愛の「さくらんぼ」
急にマイクを渡された女性は、え?私?と、戸惑いながらも歌い出す
「あーたし、さくらんぼー」
ボンボンボボン!
ボボボボッボボン!!
ハイッ!
ボンボンボボン!
ボボボボッボボン!!
男性陣全員がボンボンの大合唱。
さすが仕事終わりにコールの練習をしてきただけあって声が揃っている。
それからもORANGE RANGEの「イケナイ太陽」、ドリカムの「大阪LOVER」とウェイウェイな飲み歌が続き、どんどんグラスが空いていく。
特に歌い手は、女性が飲むように仕向けていた。
なんと統制のとれたチームだろうか。
まるで軍隊だ。
白状すると…
私も指名されたときに、促されるがまま飲んでしまった。
独りで反抗したとして、その後に彼らからどんな冷ややかな対応をされるか…報復が怖かったのだ。
軍から飲めと言ったら、飲むか、飲まないなら今すぐ出ていくかだ。
市民1人の力ではどうすることもできない。
好き勝手する彼らを止める力など、私にはないのだ。
情けない…。
彼らは、秦基博の「ひまわり」みたいなバラードまでも見事に飲み歌へ変えていく。
というか、飲みコールがある曲だけを入れている。
最初は「こんな時は何歌ったらいいんかな?」と心配していたが、無用だった。
カラオケの選曲権は常に商社政権が握っているのだから。
女性達は飲み歌をニコニコと聴いているか、お酒を飲まされているかのどちらかだった。
もはやキャバクラである。
無料キャバクラ。
そんなもん、プライド的にも風営法的にも許されるはずがない。
私は次の曲で決意した。
流れてきたのは、あなたが私にくれたもの〜♪でお馴染み、
JITTERIN’JINN の「プレゼント」だった。
この曲は
♪ あなたが私にくれたもの 丸いレンズのサングラス
サビの「♪ 大好きだったけど〜」以外はずっと
「♪あなたが私にくれたもの 〇〇な〇〇」が続く、とてもシンプルで耳馴染みの良い曲だ。
この曲が私の自尊心に火をつけた。
歌が始まると、1フレーズずつ歌ってマイクを回していく。
女の子からスタートし、2人目の男から替え歌が始まった。
♪ あなたが私にくれたもの フラッグチェックのハンチング
と続くところを、男は変えた。
♪ あなたが私にくれたもの フラッグチェックのコ〇ドーム!
この歌のルールはこうだ。
「あなたが私にくれたもの ▲▲▲のコ〇ドーム」と語尾を毎回変え、
サビに当たった人が飲むという、ハレンチな飲ませ歌コールなのだ。
次第に「あなた」の部分は、イジらキャラらしいケンタという名前に変わった。
♪ ケンタが私にくれたもの 緑色したコ〇ドーム
こんな感じで替え歌が続く。
空気を読んで、恥じらいながらも替え歌で歌う女性陣。
言わせて喜ぶ商社マンズ。
…ふざけるな。
言いなりになってたまるかよ。
いっちょかましてやるか、の気持ちが芽生えた私は、
自分の番になった時、法則を無視した替え歌をした
♪ そんなコ〇ドームもらっても ケンタ、使う時ないでしょ
小さな反撃だった。
意外な替え歌にみんな大盛り上がり。男性陣も笑っていた。
盛り上がったまま曲は終わった。
何かが吹っ切れた私は
彼らの顔色なんて気にせず単純にカラオケを楽しんでやろう!と思った。
実は1次会で2軍扱いされたこと、そんな扱い慣れっこだけど少しショックだった。普通に。
だから一矢報いてやりたかった。
デンモクを手にとった、その時だった。
浜崎あゆみの「M」が流れた。
え?
あゆ?
Ayu?
マイクを取ったのは、一番奥に座っていた女性だった。
確か…彼女は飲み会には居なかった。
♪ MARIA 愛すべき人がいて
キズを負った全ての者達…
しっとりと彼女は歌い始めた。
ちゃんと歌っている。
AメロもBメロもサビも、替え歌はしない。
さっきまで避妊具を叫んでいたみんなも、黙って聴いている。
思わずサヨと顔を見合わせた。
「…強ない?」
独特の空気の中、まぁまぁ長尺のバラードをまるまる1曲、彼女は歌い上げたのだ。
今までの流れでは考えられない時間だった。
男性陣もこれには拍手。
曲が終わるや否や、彼女が言った
「それ私が頼んだポテトっすわ!取ってくれますー?」
つ、強い…
次のイントロが始まった。
浜崎あゆみ「evolution」
またあゆ…Ayu…
幹事「これ入れたん誰?」
「わたしわたしー!!」
口いっぱいにポテトをほうばった彼女が立ち上がった。
あゆ好きなんや…
先ほどのバラードと打って変わって、軽快なメロディーにのって
「♪そうだね、僕達新しい時代を迎えたみたいで」と彼女は歌い出した。
まさしく新しい時代の予感…!
女性陣は思わず手拍子を始めた。
しかし、ここまでくるとさすがに面白くない商社陣営。
すぐに動いた。
先輩が彼女の両隣に座ってる後輩に指示を出す
「飲まして潰せ!」
耳を疑ったが、ジェスチャー付きで確かにそう言っている。
「飲ませろ飲ませろ!」
指示を受けた両隣の歩兵が、歌っている彼女の口へグラスを近づけ無理矢理飲まそうとする。
彼女は…
そのグラスを奪い取ると、逆に歩兵の口に流し込んだ。
飲まされたのは商社マンの方だった。
まさかの反撃に女性陣から歓声が上がる。
その後も何人かの歩兵が投入され、彼女への攻撃を試みるが、
先ほど同様返り討ちにあった。
覆った…!
ずっと彼らの言いなりになってきたけど、初めて勝った。
目の前で、小さな革命が起こったのだ。
このまま歌いきった彼女は、
ビールジョッキを飲み干し、天に掲げた。
ジャンヌダルクやん
いやもう、ただのジャンヌダルクですやんか。
女性陣もボルテージMAX。盛大な拍手で彼女を讃えた。
まさか平成のカラオケで、ジャンヌダルクに出会えるなんて…
あと…うん、危なかったよね、私。
もう少しジャンヌダルクが遅かったら、ほだされて変なテンションで彼らに挑むとこだった。そんなの戦車に竹槍で立ち向かうようなもの…百姓一揆かよってね。
助けられた。無駄死にしなくて済んだ。
こうしてジャンヌダルクによってもたらされたカラオケ革命により、政権を奪われた商社陣営はこのまま意気消沈。
ほどなくしてカラオケはお開きとなった。
―――
カラオケ店を出て解散すると、
彼らは4次会は男だけでキャバクラに行くか、と話をしていた。
そうしなさい。お金を払って飲みコールを楽しみなさい。
遅れて店から出て来たジャンヌダルクに、私は思わず駆け寄った。
「急にすみません、さっきのカラオケすごかったです!」
「お姉さんこそ替え歌最高でしたー!」
え、好き。
失礼ながら、あの肝の座りっぷり、いなしっぷりを見て、私と同じか歳上の方だと思っていた。
が、なんとまだ23歳らしい。
…強い。
聞くと、ジャンヌダルクは有名な外資金融に勤める超エリート。
しかも恋人も3大商社に引けと取らない大手に務めているらしく
「だから、あんなしょーもない飲み方する奴ら嫌いなんですよねー!」
…強い。
そしてジャンヌダルクは、
「今から別の飲み会行かなきゃなんで!」
とタクシーを止めた。
彼女は茶目っ気たっぷりに敬礼し、
「では、
行ってきマンモス!!!」
と夜の街に消えて行った。
いや、ほんと強い。
平成のジャンヌダルクと出会って、
男だろうと女だろうと何歳だろうと、私も強くありたいなぁと思った夜だった。
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